職人インタビュー

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ものづくりって楽しいんやなあ

「鏡師」とは、どのようなお仕事でしょうか。

神社やお寺に納める青銅鏡(金属の鏡)を作っています。鋳造(ちゅうぞう)から鏡の裏の模様の制作、仕上げなど、すべての工程を私たちの工房で手作りしています。

この道に進まれたきっかけをお教えください。

大学生の頃に、アルバイトで家の仕事を手伝ったことがきっかけです。鋳造の工程に携わったのですが、自分が作った物が仕上がってくるのを見るのが楽しみでした。ものづくりって楽しいんやなあと感じて、この仕事をやりたいと思ったのがきっかけです。

鏡師の修業は、どのようなことから始まるのでしょうか。

最初は、一番の基礎の鋳造ですね。砂で型を作って、金属を溶かして流し込むという作業で、京都市南区の工場で6年間働きました。それから、三代目にあたる祖父(注:無形文化財保持者の山本凰龍(おうりゅう)氏)が「鏡を勉強してみるか」と言うので、京都市下京区の工房で仕上げの修業をすることになり、ひたすら炭研ぎを繰り返しました。炭研ぎは、どれだけやれば良いのかが分かりにくいんです。当初は祖父に何度も見てもらいながら調整しました。経験を積んで分かってきた頃に、削りの修業を始めることになりました。どれだけいいものを仕上げてくるか、次のステップに進むタイミングを祖父なりに見ていたんだと思いますね。

鏡1枚の仕事をいただいたら、1人前の職人なら、作っても2枚。 でも、僕の場合は10倍近く作ります。

鏡はどのように作られるのでしょうか。

大きく鋳造、削り、研ぎの3段階に分けられます。

まず鋳造では、砂で鋳型を作ります。裏面に模様を施す鏡の場合は、「ヘラ」という道具で型に模様を押していきます。それができたら型を焼いて乾燥させ、合金(青銅ならば銅や錫)を溶かして、鋳型に流し込みます。

鋳造が終わったら、鋳型から外し、砂を払って綺麗にしたもの(湯口を切ったもの)を工房に運んで、鏡面や縁をヤスリや「セン」という道具で削って仕上げていきます。ヤスリで削ると線がつくので、それを消すためにセンで削ります。

研ぎでは、センで削って出るムラを消すために、砥石で長い時間かけて削っていきます。その後、朴炭と駿河炭を使って炭研ぎします。最後の仕上げに、メッキを当てるか、アマルガム(合金)を擦り込みます。

各工程は、習得するために10年はかかるといわれています。一人前になるまでに30年。昔は分業でやっていましたが、僕らの場合は、ひとりで全工程を担当します。鏡1枚の仕事をいただいたら、1人前の職人なら、作っても2枚。でも、僕の場合は10倍近く作ります。6~10枚ぐらい作って、その中で一番いいものを納めるんです。時間はすごくかかりますが、一人前になるまではそういうこともやっていかないといけませんね。

ヘラ
ヤスリ
セン
炭研ぎの炭

鏡作りの工程の中で、特に難しいのはどのような部分でしょうか。

魔鏡ですと、仕上げが難しいですね。鏡の肉厚の部分が薄くなることで魔鏡の現象が起こるんですけど、削り過ぎると鏡が破れてしまいます。そのギリギリのところが一番よく映るので、見極めが難しいです。

裏面に模様がある鏡の場合は、模様の表現が非常に難しいです。模様の図案は、お客様よりご提供いただくこともあれば、絵師に描き起こしてもらうこともあります。絵師は職人として最高の絵を仕上げてくださいますが、鏡の模様としては、作業が難し過ぎることもあります。そのようなことがないように、コミュニケーションをしっかり取ることを心掛けています。

また、昔の鏡には上手に松の木や鶴などが表現されていますが、今、自分たちがそれだけ上手にできるかといえば、なかなか難しい。そのレベルにどこまで近づいていけるかっていうのを、この仕事をやっている限り追求していきたいですね。

鏡の裏の模様は、制作にどのくらいの時間がかかるのでしょうか。

直径5cmほどの小さな鏡で1ヶ月から2ヶ月、直径20cmほどの大きな物になってくると、2ヶ月から4ヶ月はかかりますね。模様を入れる場合は、型に使う砂の配合も異なりまして、鋳造に難しい配合になってしまいます。2枚、多ければ3枚作ることもありますし、僕の場合はそれこそ10枚作ったりするんですけど、そういう場合はやっぱり2ヶ月~4ヶ月くらいかかりますね。

純粋に喜んでもらえるのが、ものづくりの1番うれしいところです。

展覧会への出展、多数のメディアでご紹介されるなど、多方面でご活躍されていらっしゃいます。ご活動にあたりまして、大切にされていることは何でしょうか。

ものづくりのよさとか、作り手の想いを伝えることを1番大切にしています。でも、伝えていくことって自分でやるには難しいなと思うので、ライターやカメラマン、グラフィックデザイナーに「僕はこういう想いで作りました」と、どういう風にすればより伝えられるかを相談しています。それをまとめていただいて、擦りあわせていきます。職人はものを作ることに専念して、伝えるノウハウを持つ人がサポートしていくのが、良い形じゃないかなと思いますね。

これまで、ものづくりに携わってこられて嬉しかったことはどのようなことでしょうか。

お客様に喜んでもらえることですね。僕らはお店と取り引きしているので、お店に納品してもお客様の声が聞こえてこないんです。でも、たまに直接お客様からご依頼いただいたりとか、お店から「こんな感想あったよ」と伝えていただけると、「ああ喜んでもらえた」って。あんだけ頑張ってやってよかったなと思いますね。純粋に喜んでもらえるのが、ものづくりの1番うれしいところです。

「山本に頼んだら何を任せても大丈夫」。 必要とされる良い職人になることが目標です。

山本さんの大叔父様の作業風景

今後の夢・目標・チャレンジしたいことなどをお聞かせください。

目標はいい職人になることです。お客様に喜んでもらえるとか、「山本に頼んだら何を任せても大丈夫」というように、必要とされる良い職人になることが目標ですね。チャレンジしたいのは、物作りを通じて社会に何か貢献できるようなこと。「ものづくりって、やっぱり良いよね」なんて、そういう風に思ってもらえるような活動ができればと思います。いい職人であったり、ものづくりって社会のためにいいよね、っていう思いがうまいことリンクして、業界が盛り上がることにつながったら……。それが夢ですね。

伝統産業を残していくためには、どうあるべきだとお考えでしょうか。

作り手・売り手・使い手のコミュニケーションを密にとって、どんなものが欲しいか、どんなものが作れるか、お互いを理解してやっていくことが大事じゃないかと思います。良い物を作ればニーズはあると思うんです。それをちゃんと売り手が使い手に伝えれば、使い手も理解して購入できるし、需要があれば仕事も成り立ちますよね。そうすれば自然と業界も盛り上がって、仕事も残っていくと思います。

ものづくりを続ける人って、やっぱりものづくりが好きなので、専念したいって人が多いんですよね。でも、今の時代は職人も作家も商品を直接販売しています。そういう能力も必要やとは思いますけど、そういうのが苦手な人が生き残れない業界はどうなんやろ、とも思います。「この職人は技術があるから、発注したい」とお店が支援するようなことをやってあげないと、いい職人は育たないと思うんですよね。

最後に、ご自身にとって「魔鏡」を一言であらわすと、ずばり何でしょうか。

僕は本研ぎだったり、修理だったり、いろんなことをやってます。魔鏡も、そうやって先代から受け継いだ技のひとつだと思っています。

(平成25年2月)

プロフィール

山本 晃久

鏡師
昭和50年生れ。

大学卒業後、国内では数少ない古来製法による手仕事で和鏡・神鏡・魔鏡を製作する山本合金製作所に入る。祖父山本凰龍に師事し、伝統技法を受け継ぎ、神社仏閣の鏡の制作や修理、博物館所蔵の鏡の復元に携わる。

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